2013年5月19日日曜日

カンボジア:キリングフィールド ポルポト派による大虐殺②



毎日、荷台に数十人の虜囚(りょしゅう)を乗せたトラックがやってくる。
トラックはゲートをくぐると、急ブレーキをかけて止まる。
荷台から吐き出すようにして虜囚が下ろされる。
彼らは手錠が外されないまま、ブロイラー小屋のような狭い建物に、ブロイラーのように押し込まれた。

「別の場所で働くことになった。」
虜囚は前にいた場所でそう聞かされてここにやってきた。
多くは自分に最後の時が近づいていることを察していた。
拷問や、過酷な労働から逃れられるなら「死」は安らぎに思えた。

毎晩、夜になると大きな音で音楽が流れる。
看守が扉を開ける。中から数人が呼び出された。
呼ばれた者は、胸ポケットの写真を引っ張り出して、そこに映る家族や恋人の顔を目に焼き付けた。
そして残された者に一瞥して鶏小屋をでると、看守とともに暗に消えた。
連れ出された虜囚はある場所に着くと目隠しをされる。
もう何も見えない。
鳴り響く音楽が聞こえるだけ。
看守が腕を引き、10歩くらいのところで地面に膝まずかせた。
何も見えない。
目の前のすえた匂いが鼻を突く。

看守の手にはスコップやバット、金槌。
銃ではない。
それを大きく振りかざした次の瞬間、命を失った体が暗い穴に転がり落ちる。

次の虜囚が連れてこられる。
看守は手に、地元人が鶏の首を切るのに使うトゲのついた植物を握っている。
看守は人間の喉にそれをあてた。
断末魔の叫びは大音量で流れる音楽に全てかき消された。




プノンペンにはS21の他にもう一つ、虐殺の歴史を伝える場所がある。

キリングフィールド。
処刑場だ。
カンボジア国内ではこうしたキリングフィールドが100ヶ所以上見つかっている。

収容所や集団農場で、労働力にならないと判断された人々がここに運ばれた。
また、拷問に耐えきれず、あらぬ罪を認めてしまった多くの民間人もここで処刑された。
俺が訪れたプノンペンのキリングフィールドからは、
すでに9000体近い遺体が見つかっており、
さらに掘れば1万体は挙るだろうと言われている。
しかしその1万体は湖の底、資金が足りず、掘り起こされるめどはたっていない。




辺は所々くぼんでいる。
くぼみは86個ある。
このくぼみは、遺体が埋められていた穴を掘り起こした跡だ。
深くえぐられた地形が30年間の風雨によってなだらかになった。
すでに虜囚を収容していた小屋などは取り払われていて、処刑場を連想させるものは何もない。
緑が生い茂り、風がそよぐ穏やかな場所だ。
歴史はすっかり角を落として丸くなってしまった。



ここを訪れる人々は入場料を支払うとヘッドフォンを渡される。
日本語の解説を聞きながらキリングフィールドを歩く。
歩いていると数字の書かれたプラカードが地面に刺さっている。
その数字を端末に入力すると、自分が今立っている場所で30年前に何が起きたのか、解説が流れる。
ロープでくくられたエリアで何が起こったのか、この土地がどれほど多くの血を吸ってきたのか。
ヘッドフォンの声が指示する通りに地面を見ると、骨や、衣服の切れ端が露出しているのが見えた。

(※注意! ここから、とても生々しい描写が始まります。弱い人は避けて下さい。)


キリングフィールドの中で、ひときわ異様な雰囲気を醸す木がある。
幹が無数のヘンプ(糸で編んだ腕輪)で埋め尽くされている。
訪れた観光客が捧げていく。
ある人はこの木の前に建てられたカードの文字を読んで涙を流している。

ここで起こったことは凄惨極まりない。



兵士は母親の目の前で乳児の両足をつかみ、頭部をこの木の幹に叩きつけた。
まだ柔らかな乳児の頭蓋骨は熟れたトマトのように弾け飛んだ。
幹にはいくつもの髪の毛が残っている。

さらに酷いことに、兵士たちは乳児の頭蓋骨を割ったあとで母親を強姦した。
この木のすぐそばから衣服を剥がされた女性の遺体が数百体見つかっている。





入り口の正面に慰霊塔が立っている。
音声案内に沿ってフィールド内を歩くと、最後にここに戻ってくる。
この慰霊塔はガラス張りになっていて中が透けている。
中はガラスの十数層のタワーになっていて、各層に犠牲者の頭骸骨がおさめられている。中に入ることができる。


中に入って頭蓋骨の破損した箇所を至近距離からみてみると、どんな物を使って撲殺されたのかが分かる。
空気の重さに胸が締め付けられる。
深く息を吸えない。

空洞になった無数の眼に見つめられているようだった。
彼らの悲しみや痛みの遺産から、訪れた人々は何を見い出せるだろう。
砂埃に埋もれさせてはならない遺産。
人類は砂埃を払う手を休めてはいけない。

カンボジアで、また世界各地で起きた戦争や紛争、ホロコースト。
犠牲者たちは、現代を生きる人々が平和の獲得を怠ることを絶対に許さない。
平和の獲得こそ、人間がやめてはならない戦いだ。