2013年7月5日金曜日

カンボジア:プノンペン 未来のつくりかた。


(画像:google )
(画像:google)

キリングフィールドを出るとプノンペンの市街地に戻った。
トンレサップ川沿いに淡いパステル色の建物が並ぶ
川を眺めようとすると、高さ20-30mはある堤防が町と川を隔てていて、見下ろした先に大きな船が行き交っている。
大小何隻もある船が時々ボーッと汽笛を鳴らす。
川の水はきれいではない。それでも水のある景色はやはり気持ちがいい。水のそば、という安心感もあるのかもしれない。大量の水の流れを見て昔から人々はホっとしてきたんだと思う。ぼくも何もせずしばらくボケーッとしていた。
しかし、キリングフィールドの衝撃的な光景が頭にこびりついて離れない。
無数の魂が浮かばれる日がいつか来るのだろうか。

(青空エアロビを楽しむ人々)

柱時計は午後4時を少し回ったあたりを指していた
陽はまだ高く、暮れるまで十分に時間がありそうだ。
タンクトップに短パン姿の男性が現れた。
肩にラジカセを担いでいる。
広場の真ん中で立ち止まると、ラジカセを置いてスイッチを入れた。
軽快な音楽が鳴る。
タンクトップの男性はリズムに乗ってエアロビを踊り始めた。
だんだん人が集まってきて、たちまち200人程の大集団になった。
みんな同じ動きをしている。
老若男女、犬を連れたり、小さな子どもを肩車している人もいる。
30分ほどして音楽が終わった。参加者がラジカセの横に置かれた小箱に小銭を投げ入れていく。
青空エアロビ教室だった。

一方、さらに奥の方では若者たちがサッカーをしていた。
始め12、3人で一つのボールを追いかけていたが、
こちらもじゃんじゃん人数が増えて30人近くまでふくれあがっていた。ゴールらしいものはなく、ペットボトルを2つ間隔を開けて置くことでゴールのかわりにしていた。
点を取ったチームがハイタッチしている。

(写真:Google)

ポル・ポト時代について、カンボジア人が仲間同士で話すことはほとんどないという。
誰が加害者で、被害者だったのかを語らない。
自分の家族を処刑台に送り込んだのはエアロビで隣にいる男かもしれないし、自分が密告したのはハイタッチをしたチームメイトの親戚かもしれない。
異常な時代について市民同士は掘り起こさない。
「裁いても豊かになれないなら、過去は振り返らない」

そういうことなのか。

今もポル・ポト派幹部数名の裁判は終わらない。
老いた被告や生き証人は法廷に立たなくなりつつある。
ある者は死に、ある者は認知に問題ありとされて釈放された。
これは裁きを先延ばしにして幹部が極刑を避けるためなのか。
アメリカ・中国がポル・ポト派を支援した過去を隠すためなのか。
歴史的大虐殺を主導した被疑者の権利を守るカンボジア特別法廷。
二百万人の犠牲者の魂は、被告たちが迎える安らかな死をどのように見届けるのだろうか。
暗すぎる歴史は光が当たらぬまま永久の眠りにつこうとしている。

釈然としない気持ちのままカンボジアを離れることにした。