下の方でギュギュッと鳴るタイヤの音で目が覚めた。
窓の外では主翼のスポイラーが立ち上がって風を受ける。
ベトナムの首都ハノイに飛行機が着陸したのは夜の7時半。
辺りはすでに暗い。
空港を出て市バスを待つ。
空気はホーチンミンより少し涼しい。
日本の7月の雨上がりくらいの気温だ。
バス停には大きいスーツケースを横に談笑する人々。
ベトナム語は全くわからない。
40分ほど待ってたらバスが来た。
待っていた人々を全て乗せるとプシューッと音をたててドアが閉まる。
エンジンが苦しそうな鳴き声をあげてバスが動き出した。
一番後ろの席に座って「ふうっ」と息をつく。
シートに手をつくと日本のバスと同じ起毛性の布地の手触りだった。
あと、一週間で旅が終わる。
シートの横にはマレーシア人の男性が座っていた。
なにかのエンジニアだという。
この旅の間、エンジニアによく会う。
エンジニアは旅をする生き物らしい。
羨ましい。
どこの国の人も英語を話す日本人を珍しがり、「日本人てすんごい働くんだろ?」と聞いてくる。
海外で聞く日本人のステレオタイプは「英語が苦手」で「働きすぎ」だ。
どちらも事実だと伝えると、
「そうなんだ・・・」とほぼノーコメントなコメント。
理解できないだろうな。
長時間労働が当たり前なことも、10年くらい英語の授業を受けていても全く話せない人がいることも。
だってマレーシア人は平気で3か国語、4か国語を話す。
このままじゃアっという間に国際社会から日本は取り残されてくんだろうな。
CMで「英語を話せると得をする」ってやってるけど、実際は話せないと大損をする。
それが世界の常識なんだ。
空港を出て40分ほどして目的地に着いた。
マレーシア人エンジニアとは連絡先も交わさず別れた。
ハノイの町はまだ9時半なのにすっかり静まり返っている。
町はすでに眠っているようだ。夕食をとるのも難しかった。
宿選びにも苦労した。
飛び込みで探してると相場の倍くらいの値段をふっかけられる。
結局、オーナーがちょっと胡散臭かったけど、疲れに負けて3つ目ぐらいのところで夜を明かすことを決めた。
案の定、翌朝からオーナーは顔を見るたびに、いつ自分んとこでツアーに申し込むのかと聞いてくる。
うっとうしいと思ってしまうが、これがこっちでは当たり前なんだ、と苛立ちを抑える。
日本人は金がないといいつつも、彼らと比べるとやはり金がある。
タカられて「ふざけんな」と思っても、逆の立場だったら自分だって同じことをすると思う。
たまたま日本に生まれただけで、生まれた瞬間に通貨とかパスポートとか、いわば世界中を眺める特等席が用意されている。何の努力もせず、ズルい。
世界には70億人がいて、そのうち先進7カ国の人口は一割。
日本の人口は1.3億人弱。
さらに東京の人口はその10分の1。
俺は1000人のうち2人という非常に有利な環境に生まれたことになる。
世界のどこに行くにしてもほぼ24時間以内に着く。
俺はこの幸運に気付いて英語を頑張れた。
外国でタカられても怒っちゃいけない。
でも、、、、フロントを通る度に「おい、ツアー早く申し込めよ!」とか言われると、さすがに腹が立つので、ほかで探すことにする。
ここハノイでやりたいことは決まっている。
水墨画の世界が広がるハロン湾という景勝地でクルージングがしたい。
奇妙な形をした岩が水面から顔を出す海の上でのんびりして、夜は星に見守られて眠る。
そんなツアーがハノイからでているという。
日本でベトナム人の友達に勧められて、絶対に行きたいと思っていた。
「シンカフェ」というところが良いツアーを格安で提供してるらしい。
しかし、ベトナム、期待を裏切らないメチャクチャっぷりだ。
「偽物のシンカフェ」があちこちにある。
町中シンカフェだらけなのだ。
旅行者のブログはそれぞれ「本物のシンカフェはここだ」と書き、「偽物はここだ、気をつけろ!」と警告している。
前のブログで「本物のシンカフェ」と紹介されていた場所は、次のページでは「偽物」と書かれている。
地元の人に聞いてもみんな違う方向を指さす。
もう誰にもどれが本物か分からないんじゃないか。
本物なんてないんじゃないか。
(本物ってなんだ?)哲学のループに迷い込む。
なんでこんなことになってんだろう。
本家には気の毒だがここまでくるとむしろ清々しい。
そして、偽物でも良質なツアーを提供しているなら、それでもいいとすら思えてくる。
俺は10個くらいあるシンカフェの中で、笑顔の明るい女性スタッフが受付しているところに入った。
本物か偽物かは分からない。
30歳くらいの女性スタッフがカタログを開いて見せてくれた。
ハロン湾クルージングツアーは船のグレードで値段が違う。
高級は6000円で、バックパッカー用は3000円。
違いは船と食事のクオリティ。
俺が申し込んだのはお安いプランだったけど、船上で1泊3食付き、さらにシーカヤック、鍾乳洞探検込みで3000円は素晴らしい。
彼女に3000円分のベトナムドンを支払って申し込んだ。
ついに明日ハロン湾に行く!
ウキウキしながらホテルに戻る。
いつも通りホテルのオーナーが顔を見るなり、「よお、今申し込んじゃいなよ!」と声をかけてきた。
もうシンカフェで予約したことを告げると、チッと舌打ちしてきた。
素直すぎるだろう(笑)。
むふふふ、むふふふ。
明日はハロン湾 ♪